2007年12月23日

聖なる御冠岩 注連縄一新

 たまたま「霊石山 天照大神」でグーグル検索してみると、出ました!今年は前回の記事で締めくくろうと思ったのですが、この記事は、日本海新聞では昨年に続き恒例の記事となり、今年は読売新聞にも紹介されていたので、このブログでも紹介しておくべきと思いたちました。
 日本海新聞の記事には動画で紹介され、もちろん御冠岩は動きませんが、地元の氏子さんたちが、注連縄の取り付け作業をする模様が見ることができます。
 読売新聞の記事では、冠の持ち主が天照大神、とされていることも注目すべきことです。
posted by yakamihakuto at 20:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 河原 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月21日

来年もよろしくお願いします。

 いつまで記事が続くか心配しながら、もうかれこれ1年半以上が過ぎました。今年はこのブログが、予想だにしていなかった書籍の出版にまで発展することになりました。書籍は、ネットでの検索で、県外で全国5
箇所の公立図書館(川崎市・札幌市・三次市・岡山県・大阪市)と1箇所の大学図書館(帝塚山大学)に所蔵されたようです。
 因幡・八上のほうでもさまざまな動きが出始めました。今後がまた楽しみです。
 鳥取市国府町の国分寺と、鳥取市生山の槻折神社にも、波うさぎの彫刻があるそうで、近々見に行きたいと思っています。またブログでも紹介します。
 それでは皆様、良いお年をお迎えください。
posted by yakamihakuto at 15:32| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月07日

古代因幡の空間計画の謎

 きたる12月16日、『古代因幡の空間計画の謎』と題して講演会が催されます。昨年のブログ記事にも紹介した日本海新聞に掲載された鳥取平野に残る神社遺跡の位置関係を研究していらっしゃる木谷清人氏(鳥取民芸美術館常務理事)が講演をされます。
 13:30〜16:00 

開催場所:放送大学鳥取学習センター(講義室)
         鳥取市役所駅南庁舎5階 
講   師:(財)鳥取民芸美術館 常務理事 木谷 清人氏
参 加 費:無料
主   催:NPO法人鳥取環境市民会議  TEL 090-4694-0575
案内もネット上で見つけました。
 地元の方はぜひご参加ください。
posted by yakamihakuto at 12:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 講演会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月05日

日本海テレビで放映

 昨日夕方の日本海テレビの番組で、先日の講演会の模様や、白兎神社、青龍寺の厨子の波兎などが5分近くにわたって放映されたそうです。筆者は当然見ることはできなかったのですが、後日、知り合いの方からその模様を見せてもらうことができそうです。
 地元のマスメディアにも大きく取り上げられるようになりました。
posted by yakamihakuto at 15:08| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月04日

ホツマ

 すでに『八上 神秘の白兎と天照大神伝承』の最終章の中でも少し触れましたが、『ホツマツタヱ』という書物がいつのころか伝わっています。内容は神代から景行天皇の御代まで、ですから、もしこれが真書とするならば、記紀よりはるかに古い文献となります。現存する文書の中で最も古いのは、滋賀県高島市で発見されたもので江戸時代です。今は廃社となり、近くの田中神社に合祀された三尾神社、そして日吉神社にありました。現在、近くの中江藤樹記念館に大切に保存されています。
 この書物が現代において松本善之助氏のご尽力で陽の目を見るようになった1966年以降、現在に至るまで、歴史学会によって正当な調査もなされずに無視されています。
 しかし、在野では熱心に研究している人も少なくありません。この書物が偽りの書である、と、系統的に論証した人物は今のところいないようです。部分的に取り上げて偽書であると決め付けた論文は雑誌に掲載されたこともありますし、ネット上でもwikipediaをはじめ、偽書扱いする説支持する説も見かけます。
 逆に、真書としての可能性が極めて高いことを論証した書物『実在した人間天照大神』(花方 隆一郎氏著たま出版 アマゾンなら「なか見検索」あり)もあります。画家でもある鳥居礼氏や、池田満氏、鏑邦男氏等々の諸著作も、きわめて明解に、ホツマが真書であることを論証しています。残念ながら地方の書店や図書館ではほとんど見かけることができません。一昔前までは、ほとんど触れる機会のなかったものですが、いまやネットを使って書物の入手も(古書も含めて)容易になりました。
 筆者も、少しずつ内容を検討しています。拙著の中でも記しましたが、八上や丹後の神話伝承・数々の遺跡と、このホツマに記されていることが、かなり関連を持っていたり、共通していることが判明しました。いったい偽書と認定した人の中に、このような実地調査との照合をした人などいるのでしょうか。単に、見たことがない文字であるとか、擬態語や、後世の花押が使用されている、用語が後世のものらしいとか、明確な根拠もないままにいとも簡単に偽書としています。結局のところは、全国各地の神話伝承、ならびに神社祭神、遺跡等々と照合させることによって、記紀も含め、ホツマをはじめとする古史古伝のどれが真書であるのかが自ずと浮かび上がってくるのではないでしょうか。中身をちゃんと検討もしないで、偽書であるとレッテルを張られて無視されているのはどうか、と思います。
 当ブログにリンクさせていただいている日本再発見塾にもホツマのことは紹介されています。また、鎌倉時代に建てられた福島の山中の屋敷(リンク先2003/04/12記事参照)を解体するときに大量の古文書が出てきて、宮内庁が現物を、現みずほ銀行がマイクロフィルムとして保管している、という事実もあるようです。このリンクの元の文章は岩手の鏑邦男氏のものです。(箱の中の文書はホツマ文字かどうかは分からないという説もありますが、いずれにせよこの件は事実であるならば、うやむやにされてはならないことです。)本当ならすごいことです。
 48のホツマ文字(ヲシテ文字)は、実は東北から九州に至るまでそれほど多くはないのですが、全国各地の神社で神札として伝わっています。鳥居礼氏の『完訳秀真伝』(八幡書店刊)にも紹介されています。江戸時代の平田篤胤もそれを発見しています。これは筆者の推測ですが、おそらく式内社を選定する際に全国の神社をくまなく調査した藤原氏が、ヲシテ(ホツマ)文字をはじめとする神代文字を徹底的に抹消し、そして祭神の変更を必要に応じて実行していったのでしょう。一つの例として、鳥取市美和にある式内社中臣崇健神社は元の祭神大物主命から、いったん藤原氏関連の祭神に代えられた模様です。
 何のために全国の神社を調査し、式内社を作り出したのか、という理由はここにあるのかも知れません。
 古代史を大きく塗り替える可能性を持つ、またそれ以上に、各方面への多大な影響を及ぼしうるホツマとその関連文献(ミカサフミ、フトマニ)の存在、興味は尽きません。
posted by yakamihakuto at 13:14| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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