2008年06月29日

元伊勢内宮 七十八社

 元伊勢内宮の大林宮司に末社についてうかがいました。あいにくの梅雨空でしたが、逆にこれが、神秘的で荘厳な雰囲気を更に色濃くしていました。薄霧に包まれた内宮境内と、霞たなびく日室岳はかえって好天のときよりも神々しさを強く感じます。
 大林宮司は元伊勢について深く調べておられ、祭神についても「元伊勢内宮境内社一覧」として纏められ、筆者はその写しを頂戴しました。これには、御前社や参道のお社、昭和にはいってから新たに祭られた社もすべて含め、全86社が掲載されています。
 まず一番気になるのは、やはり、内宮本殿の真北に位置する荒祭神社でしたが、大林宮司は、「一覧」の中で、明確に瀬織津姫(皇大神の荒魂)と記載しています。
 本年最初の記事でも述べましたが、これは、伊勢神宮の正殿と荒祭宮との位置関係と同一です。大林宮司もそのことはご存知でした。そして、この七十八の末社の基本的位置は昔から大きくは変ってないようだ、とのことです。
 内宮本殿西側にある、社殿跡らしき遺構についてもお聞きしましたが、そこには以前、遷宮時のためのものと思われる社が二つあったらしい、ということです。
 あわせて、内宮の例大祭の日についてお聞きしました。古来より毎年、四月二十六日に行われているそうです。そのため、その祭りに合わせて内宮神楽殿に奉納されている天照大神の像(明治四十五年)も、再建された七十八の末社の奉納日(昭和五十二年)も四月二十六日の日付が記されているのです。
 舞鶴の大川神社が四月二十三日、天橋立の籠神社が同二十四日、加悦谷の諸神社が同二十五日、そして皇大神社が同二十六日、というふうに、農業が諸産業の中でも中心であったかつての時代には祭日が連続して並んでいたそうですが、大川神社や加悦谷では現在は諸事情に合わせて、ゴールデンウィーク中の祭日に例大祭の日を変更しているそうです。
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2008年06月27日

北野天神のなで牛像破壊に思う

 6月25日の菅原道真公の御誕生の日、またはその翌朝に京都市上京区の北野天満宮で、頭をなでると賢くなると言われる御影石製のなで牛の頭が割られるという事件が起こりました。
 菅原道真公は、丑年生まれで、丑の月の丑の日に亡くなり、牛車で御遺骸を運んでいたときに、牛がとどまったところに太宰府天満宮を創建した、というように、牛とは切っても切れない関係にあります。
 今回の件に限らず、時折、このような無差別な器物損壊事件が起きると、嘆かわしい気持ちになります。
 
 ふと思ったのですが、石造の牛もかわいそうですが、生身の牛も本来20年から30年近い寿命があるのに、日本では実際、5〜6年の寿命だそうです。約440万頭、日本の国内で飼育されている牛のほぼすべてが、天寿を全うすることなく、大半の人の目に触れることのない場所で、血を噴き出しながら首を切り落とされ、体を隅々まで切り刻まれて殺されているという事実があるのです。(教育、食育、マスメディア等によって一定の価値観が出来上がっているからなのでしょうか。破壊された石像には同情し、殺される肉牛には何の感情も持たないで、美味しい、美味しいと舌鼓を打つ私たちの感情も統制された中のものに過ぎないのかもしれません。この食肉解体の事実は俎上に載せられることはありません。実際、筆者もこの記事を書くことにためらいを感じるくらいです。)
 グルテンや、昨今注目を浴びているおからこんにゃくが、牛や豚、鶏、羊の身代わりになれば、いろいろな問題は一挙に解決できるはずなのですが…。(またまた日本ですごい発明がされたのではないかと思います。しかも大国主命と縁の深い岩木山の麓です。東北の一主婦の発明が地球環境を大きく好転させるかもしれません。)
 動物の愛護は突き詰めると、奥深いところへとつながりそうです。
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2008年06月15日

久々の伊勢参宮

 久々に伊勢両宮へ参宮してきました。
 八上の天照大神伝承についての調査を進めて以降、初めての参宮でしたが、筆者はなんとなく以前参拝していたときとはまた違った観点から神宮に接しているように思いました。
 
 第62回伊勢神宮遷宮を5年後にひかえて、次第に準備が進みつつある神宮です。さすがに前回の遷宮から15年目で、神殿は神寂びた味わいを出しています。一部の神殿の茅葺の屋根には草も生えたりしていますが、神宮ではそれら一切に手を加えないようです。
天武天皇の詔によって、遷宮を20年ごとに行うことが決められ、戦乱の世などを経て、一時的に中断を余儀なくされたこともあったものの、現在に至るまで日々の祭祀はもちろん、遷宮という一大事業が継承されていることは奇跡的なことです。
 その周期が20年であることにもうなずけます。
 神宮で使われた古材は、その後、全国各地のお社などで再利用されており、また、用材を切った後に出る木材の断片も神宮大麻やその他の神具の製作に使われており、実に無駄のない使われ方が徹底されています。
 そのような在り方に、現在問題となっている、循環型の物資の活用の基本理念が示されています。日本では本来昔から実践されてきたことです。
 外宮 古殿地
 平成25年にこの地に新しい正殿が建てられます。

外宮 古殿地












 神道五部書では天照大神の荒御魂は別名瀬織津姫命であり、西宮地名のもともとの由来である広田神社、その祭神と同じ神が祭られています。
 熱心な団体が神殿の前でご祈祷されていました。

内宮 荒祭宮











  心が洗われる五十鈴川です。

五十鈴川















 天の真名井は別名天の忍穂井(おしほい)とも呼ばれ、高天原から地上に降ろされた神水の湧き出るところです。
 八上姫の御子も御井の神です。何か関連することはないのでしょうか。日本海側にはかつて真名井信仰があったということを丹後一ノ宮の籠神社の神職の方から聞いたことがあります。
 島根、鳥取、丹後半島、舞鶴にかけて、確かに真名井の名のつく地名や湧き水の出るところ、神社が複数あります。昔はきれいな水のあるところにしか人は集落を作ることができませんでした。農産物も育ちません。

下御井神社

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2008年06月14日

スローライフ鳥取

 きたる8月1日〜3日にかけてスローライフジャパンの催しが鳥取で開催されるようです。
 2日の分科会の一つは八頭町で催されることになっており、そのテーマもまさにぴったりという感じです。
 「八頭(やず)分科会「歴史と環境」
会場:鳥取県八頭町
歴史上の物語や教え、また民俗・風俗のなかに、環境の大切さと社会のあり方を見出す。「白兎物語」などを題材にしながら、全国の伝説・昔話をスローライフの視点で見つめ直す。」と案内には記されています。
 期待できそうな予感がします。

posted by yakamihakuto at 10:14| Comment(2) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大和と八上

 いろいろ調べていくうちに、古代の大和と八上には共通するものがいくつかあることがわかってきました。そのことは、郷土史研究家の新 誠氏も最新の研究成果で公表しています。
 筆者も先日訪れた長谷寺の地にも天照大神の伝承が残っていることも共通した点です。
posted by yakamihakuto at 10:06| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月06日

日高見

 2007年9月記事「日高見神社鳥居」 の記事にコメントを頂戴しました。ありがとうございます。日本でかつて日高見と呼ばれていた、とはっきり言える地域はやはり東北の宮城、岩手のあたりであると思えます。北上川、北上山地、という地名もありますが、これも当然、日高見が語源でしょう。日高見は大祓祝詞にも「大倭日高見国」として登場するくらいですから、相当由緒がありそうです。三内丸山遺跡のような縄文時代の巨大な遺跡もあり、 関連をうかがわせます。
日高見神社は宮城県石巻市にありますが、天照大神、原初の根元神を祀っています。
 ネットで検索したところ、ある研究者が、この名前について発表されています。そこには、かつての日本全体が日高見と呼ばれていたのではないかとする説が記されています。
 八上の旧八東町には日田という地名もあります。これも何か関連するものと思われます。日田のとある民家に、あの船岡の西橋寺の波兎を模した鏝絵があることをずっと以前に紹介しましたが、これもその家のご先祖様の言い伝えに基づくものであったのかもしれません。八東町では表立って、天照大神や白兎のことは取り上げてはいませんが、人々の遠い記憶の中にそれに関連するものが残っているのではないかと思われます。
 元祖、大己貴命と白兎の像が八東町にあることも昨年9月に紹介しました。
日高見神社参道は、「私の好きな道2006」コンテストで2位となり、有名になりました。

 また帰省時に八東町を廻ってみたいものです。
posted by yakamihakuto at 13:05| Comment(4) | TrackBack(0) | 八東 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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