2009年04月27日

早池峰で波乗り兎発見!!

  あの、瀬織津姫を祀る神社が全国一の岩手県、その中でも総本山とも言うべき、早池峰神社の神楽に用いられている鳥兜の両脇の垂れている部分に大きく、波乗り兎が描かれています!よく見ると、波兎の背景は大きな太陽です。
波が瀬織津姫、太陽が天照大神を表わすとしたら、どうでしょう。鳥兜というくらいで、冠の一番上には鳥がのっかています。鳥取と縁があります!
 この神楽は山伏が西方から伝えた、という説もあるそうですが、山伏というと修験道の厳しいイメージがあり、本当にそうなのかな、と思います。元々から伝わっていたものなのではないかと思いたくなります。

 今まで、筆者は、定説を受けて、波ウサギは江戸時代ごろに全国的に爆発的にヒットした絵柄である、と思っていました。
 ところが、古い伝統を重んじる早池峰の神楽に用いられる装束に波ウサギが描かれている、ということは、これは相当古くから波ウサギがデザイン化されていたものであるものと思えます。

 筆者は、約12年位前に伊勢神宮外宮の下御井神社で、この早池峰神社やオシラ様を研究する住吉様という方と偶然出会いました。
 外宮の上御井神社または下御井神社とは、別名天の真名井、天の忍穂井と呼ばれ、瀬織津姫が天忍穂耳命をご出産されたところです。
 そして、その数年後、9年前ですが、筆者の職場のお客様で、早池峰神社の巫女または、神楽をしている家の出身の方がお見えになりました。
 そのことを外宮で知り合った住吉様にお伝えし、そのお客様の岩手のご実家(オシラ様を祀る)まで、ご縁を取り結ばさせていただいたこともあります。実に不思議な経験をしたものです。
 また、一昨年秋から本年春にかけて、またまた岩手の方が突然のご転勤で、筆者の職場のお客様になられたことも実に不思議なことでした。(それまでは、岩手県といえば、千昌夫と新沼謙治しか知らなかったのですが。また、ほぼ時を重ねて、因幡・八上ルーツの方もお客様としてお見えになっていたことも実に不思議なシンクロです。)
 ということで、因幡八上ルーツの筆者は、なんとなく、岩手の方ともご縁があるのです。なぜでしょう。
とにかく、瀬織津姫と兎神にはなんらかの関係がありそうです。
 筆者は想像します。
「天照大神が因幡、八上にお越しになったときに土地の神、白兎神に行宮にふさわしいところへと案内されます。その後、または同時に瀬織津姫も八上にお越しになります。
 そこで天照大神と瀬織津姫の間に美しい姫がお生まれになります。八上姫です。その姫のご誕生の際に、兎神の魂も姫に宿ります。お生まれになったところが、あの白兎夏至冬至ライン上の、賀茂神社の胞衣塚付近と思われます。つまりこの胞衣塚とは八上姫の胞衣というわけです。
 天照大神、瀬織津姫ご一行は、八上姫を土地の方にお預けして、八東谷、若桜経由で大江町の元伊勢内宮へお帰りになります。(ちなみにホツマではイサナギ、イサナミの子、ワカ姫は西宮の広田の地でヒロわれタ、て(ヒロタの語源)住吉神=カナサキノミコトに養育されますし、天照大神も東北、日高見で豊受大神に養育されます。
 忍穂耳命も天照大神、瀬織津姫の元をはなれて、滋賀の野洲川付近でワカ姫とオモイカネノ命に養育されています。)

 おそらくその後、八上姫は私都(きさいち)の人たちに大切に養育されます。私都の奥にある八上姫を祀る須賀神社の存在、姫路という地名を考えると、つながってきます。私都には、八上姫は祀られていませんが、瀬織津姫および関連する神を祀る密度が八頭郡の中でも最も高いのです。
 八上姫はその御一生の中で、宮の位置を幾度か遷られたことも考えられます。
 そして神上がられて、胞衣塚の南西、夏至冬至ライン上に位置する河原曳田の簗瀬山(賣沼神社)に、その美しいお姿と御魂の復活・再生を願ってご埋葬されました。」筆者の想像はあながち外れていないかもしれません。 

posted by yakamihakuto at 10:30| 瀬織津姫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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