2007年07月19日

野々宮神社由緒

旧船岡町上野にある野々宮神社境内の由緒書です。
 本社である京都の野宮神社祭神は天照大神であり、この社も京都から勧請してきた、ということは本来は天照大神を祀っていることになります。神明を祀る、とは天照大神を祀る、ということでしょう。
 悠基 主基の両宮とはこの上野と下濃の野々宮神社を指すのでしょう。
 京丹後市大宮町の大宮賣神社の地は周只(すき)と呼ばれ、かつて主基田があったところです。主基は京都の西部に、悠紀は京都の東部に選定されることが多かったように思います。
 岡山にもかつての主基田があり、こちらは現在も圃場整備の後も、円形の主基田が保存されています。


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野々宮由緒
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2007年06月06日

兎 発見情報

 筆者は未確認ですが、旧船岡町水口(みなくち)にある金比羅大権現社にも波兎の彫刻が、そして鳥取市青谷町の吉滝神社にも波兎の彫刻がある、という情報を石破教授からお聞きしました。
 早く会ってみたいものです。
 旧船岡町内は、信仰上の、呪的な意味合いを持つ波兎は、県下で最多です。鳥取市は天穂日命神社一社で4羽と健闘していましたが、これで最低(合併後の)市内に5羽いることになりました。 
 
 また、東京の神田明神にも金色の大国主命とともに黄金に輝く白兎の彫刻が装飾されていることも、県民局の方からお知らせいただきました。ありがとうございます。(随神門はイナバノシロウサギ東京事務所?の役を果たしています。この黄金兎を見て、本家のイナバノシロウサギに会いに行こうと思う観光客が増えているかもしれません。)
 この装飾の施されている神田明神の随神門は日光東照宮の陽明門とそっくりです。陽明門にも様々な動物の彫刻がありますが、兎の彫刻もあったと思います。
 
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2007年04月09日

大江神社

 平安から鎌倉にかけてこの八上の中心を司っていた大江氏の神社、大江神社です。造の末裔は今造この大江谷に住む人たちであろ造と損われます。筆者の親戚を見て造ると、ほぼ因幡全域に広がっていますが、あまり造の枠を超造てはいないよ造です。属昔・までは造の傾向がより強く、結局因幡の国の人たちは造な濃い薄いの差はあって造ほぼ同族である、とい造るのではないでし造造か。

大江神社
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2006年09月16日

西橋寺


西橋寺案内
 











 






 



 西橋寺は八頭町船岡、若桜線因幡船岡駅のすぐ近くにあるお寺で、由緒は上にあるとおりです。お寺への道は狭いですが、境内には駐車場があります。本堂正面上方の厳めしい波兎は以前紹介しました。このほかにも土蔵に波兎の装飾が施されています。今ではなぜこのようなところに白兎が?と思ってしまいますが、一昔前までは、八上に白兎の伝承が色濃く残っていたことの証となるものです。本居宣長の『古事記伝』以降、そして明治以降に「因幡の素菟」伝承のほうが有名になってしまい、ここ八上の地の伝承が薄れてしまったのではないでしょうか。それ以前の八上の人々にとっての白兎とは、天照大神を道案内した土地の守り神として認識されていたのではないでしょうか。
posted by yakamihakuto at 13:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 船岡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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