2009年01月03日

「参宮・遷宮・伊勢神宮」展

 なんと、元日から3月1日の2ヶ月にわたって、因幡の地、鳥取市歴史博物館(やまびこ館)において、「参宮・遷宮・伊勢神宮」展が催されています。
主催は、霞会館と鳥取市歴史博物館です。主に神宮文庫、神宮司庁、神宮徴古館からの特別展示物と県内の博物館所蔵の展示物で構成され、その展示物一覧の写真と詳細は『参宮・遷宮・伊勢神宮』と題された1冊の書籍として、展示会場で販売もされています。
 その中には、霞会館学芸員の論文のほか、地元の博物館学芸員の詳細な研究成果も記されています。
 特に、伊勢神宮と庶民を結びつけた御師(おし・おんし)に関する詳細な研究や、因幡・八上の伊勢道に関する写真や論文も紹介されており、大変貴重です。 展示物の中に智頭町の檀家に残されていた藁苞(わらづと)が紹介されていました。これは、毎年、新しいお札をもらったあと、古いお札をトンド焼きで焼くのではなく、ずっとその藁筒に保管し、それを天井裏に置いておくと雷除けになるということで、大切にされてきたものだそうです。
 その中に記録されたことを詳細に研究していくと、さらに伊勢信仰や御師の活躍ぶりが明らかになるものと思われます。
 ぜひ、皆様もこの特別展示をご覧になってください。
 
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2008年07月28日

因幡薬師

 元は因幡に在った薬師如来の像が安置されています。台座は現在もなお、因幡高草の座光寺に安置されています。さきに紹介した岩戸山のすぐ近くであり、因幡薬師の隣は大江町という地名が残っています。

因幡薬師
























因幡薬師由緒
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2007年10月23日

鳥取白兎神社 拝殿 本殿


鳥取白兎神社拝殿本殿
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鳥取白兎神社鳥居


鳥取白兎神社鳥居
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白兎海岸の碑


白兎記念碑
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2007年10月19日

白兎海岸の灯篭


海岸 灯篭
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白兎海岸


白兎海岸
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不増不減の池


不増不減の池
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菊座石


菊座石
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2007年09月26日

岩崎神社由緒書き


岩崎由緒
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2007年09月17日

元祖大国主命と白兎像

 まったく奇遇な出会いでした。連休を利用して、地元の歴史研究家とお会いし、筆者の自宅に戻るときに、八東町の神社を廻るつもりでいたのですが、あいにくの断続的な雨のためにその気も薄れ掛けて、少しさまよって、通ったこともない道を車で運転していると、なんと大国主命のお姿が目の前に現れました。とても気になったので、ご自宅を訪ねてみると、この像は元祖大国主命と白兎の像で昭和30年代に作られた当時でも莫大な費用をかけて、作成され、経営されていた、白兎海岸のレストラン前に置かれていたそうです。いまはその役目も終えられてご隠居中というところでしょうか。しかし、筆者のようにこの像を目にして尋ねに来られる人も少なからずいるそうです。その意味ではまだ、お役目を果たし続けておられます。
 いまでこそ山陰地方のところどころで、大国主命と白兎の像は見かけることはありますが、これが、当時の時代の先端を行く元祖の像だということです。持ち主の方は、それだけでなく白兎伝承に関するさまざまなことを研究されて、英語訳も併記されているパンフレットも作成されたりなどしていました。また古い白兎神社、白兎海岸の絵葉書も頂戴し、あの菊の台座石の鮮明な写真も頂戴しました。公表の許可を得ていますので、いずれ紹介します。
 八東には白兎を祀る神社はありませんが、このように白兎になんらか関連することが少なからずあります。やはり、ハットウはハクト由来の音であるように思えます。八東はヤヒガシでもハチトウでもヤトウ、ヨウヒガシ、ヨウトウ、ハチヒガシでも読みの可能性は複数あるのです。八は天照大神、東は菟・卯で八上の伝承を暗に示す地名ではないのでしょうか。
 こぼれ話:実はここを訪れるほんの数時間前に立ち寄った鳥取市湖山のガソリンスタンドの経営者の方とはご親戚に当たるそうで、たいへん驚きました。

元祖大国主命と白兎像
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2007年07月12日

再び天穂日命神社

 昨秋撮影した写真の中で、比較的良く撮れているものをアップしました。本殿に施された四柱の波乗り兎像はどれも異なったデザインで、おそらく4人の彫り師によって作られたものではなかろうかと思います。これほどの芸術品が、普段ほとんど人の目に触れられないというのはもったいない気がします。

本殿 天穂日命




















本殿彫刻





















波乗り兎2












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2007年04月22日

高草の兎伝承

石破教授の『イナバノシロウサギの総合研究』には、高草のもうひとつの兎伝承が、紹介されています。文永・弘安ごろ(1264〜1287)の成立とされる筆者未詳の『塵袋』のその部分をわかりやすく紹介します。
竹草の郡(高草郡)の竹林に、老いた兎がすんでいました。あるとき、洪水がこの竹林を襲い、竹の根に乗った兎も一緒にオキノシマに流されてしまいました。洪水が収まって、水かさが落ちてから、その兎は元の場所に戻ろうとしましたが、そのすべがありません。そのとき、ワニという魚が現れて、兎はこのワニを集めて気多の崎まで戻ろうと考えました。兎は、自分たちの仲間とワニの仲間とどちらが多いか比べよう、と提案しました。仲間を集めたワニは、オキノシマから気多の崎まで並んで、その上を兎が渡りながら、数を数えました。気多の崎に差し掛かったときに兎は、数比べをしたのではないことをワニに向かっていってしまいます。すると、水際にいたワニが怒って兎を捕まえ、毛をはいでしまいました。…
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2007年02月04日

白兎之宮 由緒書より

 神社として名実共に現存する因幡の白兎神社は、唯一鳥取市内海の白兎神社のみです。祭神として正式に祀っている神社は因幡国内では他に八頭町宮谷の賀茂神社のみです。その意味で鳥取市の白兎神社が本社としての条件をそろえている神社です。
いずれ近い将来、八上の白兎神社も正式な神社として再興されることを願います。これは行政の所管分野ではないので、地元の崇敬者の皆さんのご協力で実現できることです。
 
 ところで、内海の白兎神社の由緒書「白兎之宮」には神社に伝わる最古の棟札や再建のことが記されています。
 
 「檜長さ3尺 幅7寸 白兎神社保存の棟札
寛文9年(1669年)9月16日社殿建立
神官 長田式部、庄屋太郎兵衛

 その後安永2年(1773年)に社殿再建し、
明治29年(1896年)に現社殿建立」という趣旨のことが記されています。
 
 一般的に、兎宮が長年所在不明であったといわれていたところを、霊夢により亀井公が再建した、とされるのが慶長年間といわれています。慶長は1596年から1615年までなので、再建の周期が少し早かったようです。白兎神社の社地に行くとよくわかりますが、境内地は砂地で、海からの風も厳しく、防風林などが当初は整備されずに、予想よりも耐久年数が短くなったのであろうと思われます。内海の白兎神社の再興、ないし創建はやはり慶長年間であっただろうといえます。
 同じく由緒書きによれば「白兎神社は白兎神を祭り由緒も歴然として居り延喜の時式外の神社で頗る大社であったのであるが、往古兵乱にあい、祠廟焼失し衰廃止すること久しく、為に古書等絶無となり創建は明らかではない。…明治4年村社に列せられ、昭和17年幣帛供進指定神社となり昭和21年官制廃止と同時に神社本庁所属となる。
疱瘡、麻疹、縁結び、傷痍等の守護神として有名である。」とあります。
 社殿および本殿は西向きで出雲方面を向いています。拝殿の概観はなんとなく出雲大社の拝殿を彷彿とさせます。注連縄(しめなわ)は出雲大社と同じく左本右末です。因みに全国の神社の9割近くは左末右本だそうです。八上の白兎神社が、どちらかといえば、神明系=天照大神、皇室に近いのに比して、内海の白兎神社は出雲を意識した構造となっているのも興味深いことです。
 


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2007年02月02日

川下神社

 鳥取市の白兎神社には現在、豊玉姫命が祀られています。昭和46年発行、昭和61年改版の「白兎之宮」(由緒書)によると豊玉姫命は大正元年に気多ヶ崎の神ヶ岩にあった川下神社を白兎神社に合祀して祀られるようになったことが記されています。実は川下神社の地は、口碑によれば「豊玉姫命が神ヶ岩に於いて庵を結び鵜の羽を敷き鵜草葺不合命(ウガヤフキアエズノミコト)を生み給い龍神となって海に入り給う。依って此処に祀った」という由緒の伝わるところなのです。
 川下神社の祭りは由緒書によれば「毎年8月1日の宵に元の社地気多ヶ崎の神ヶ岩で行われ、当夜は気多崎から淤岐島までの海上に数百の神燈を流し、また奉納相撲、踊りなどがあって、遠近の参拝者数多く、非常な賑わいである。」そうです。八頭町宮谷の賀茂神社には豊玉姫命が祀られていますが、この伝承と何らかのつながりがあるのかもしれません。因幡国で豊玉姫命を祭神とする神社は極めて少ないので、その可能性も無きにしもあらずです。
 トヨタマヒメは鰐である、と古事記の書かれていることから、1964年、大阪大学の敷地内で数十万年前に生息していた鰐の化石が出たときに、その学術名として、トヨタマヒメの名前が使われています。
 
 因幡にはいくつもの神話の舞台が凝縮されていることに改めて驚きました。
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2007年01月05日

鳥取市の白兎神社

 初詣としての鳥取の白兎神社への参拝は兎年のとき以来8年ぶりでした。
 神社の方のお話によれば、道の駅が神社の前にオープンし、大きな駐車場ができて観光バスも停車するようになってからは平日でも参拝者が増えてきたそうです。
 筆者は白兎神社のお札と白兎の置物を頂戴しました。
 残念ながら、八上の白兎神社は形式上廃社となっているためお札もなく、合祀先の賀茂神社のお札で一括して祀るようになっています。多くの神々を1度に拝めるので良い、と考えられるかもしれませんが、やはり氏子集落の本来の祖神をちゃんと祀りたい、と思っておられる方は少なくないと思います。筆者も、もし、八上で白兎神社のお札が配られていたのであればそれを頂戴したことでしょう。
 町議会で話題にもなったことから、これから遺跡としての保全、整備はなされるのでしょうが、神社として形式上も独立して、独自に運営されて祭祀が継承されるようになれば、と思います。

初詣 白兎神社 
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2006年08月24日

稲羽の素兎 三段跳び丼

ちゃぶちさん提供 
 白兎海岸の道の駅レストランメニューです。さすが観光名所ならでは、です。
 八上では古式ゆかしくさりげなく顕彰するのがふさわしいと思います。でも過疎化する故郷のことを思うと、多少はこのようなアイディアを町おこしに活かしていくのも悪くはないと思います。

丼
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