2008年03月30日

旧八頭郡 天穂日命を祀る社

 『鳥取県神社誌』で旧八頭郡内、天穂日命を祀る神社を調べてみました。もっとも、『県神社誌』にも記述漏れや、誤記もわずかに見受けられるため、完全に正確とはいえないことをご了承ください。
 賀茂神社 旧郡家町宮谷 稲荷集落の土師神社の合祀による
 大江神社 旧船岡町橋本
 都波只知上神社 旧河原町佐貫
 都波奈弥神社 旧河原町和奈見
 湯谷神社 旧河原町湯谷
 隼神社 旧船岡町見槻中
 日下部上神社 旧八東町日下部
 諏訪神社 智頭町智頭
 
 
 調べてみるとそれほど多くはないことがわかりました。しかし、旧八頭郡には土師氏をルーツとする集落はかなり多いことに変わりはありません。
 八上では土師百井、池田、福本、門尾の土師郷があり、大江神社のある大江谷もほとんど全域が土師氏ルーツと考えられます。八東町日下部や丹比も若桜町舂米も土師氏ルーツです。智頭町にも土師郷があり、そこにある土師神社は祭神こそすり替わった可能性があるものの、神社名にそのルーツの証拠を残しています。天穂日命ではありませんが、その御子神である大背飯三熊大人命を祀る田原神社が若桜町長砂に鎮座しています。この地は祭神となんらかの関係があると思われます。
 残念ながら、昨夏、図書館で『鳥取県神社誌』のコピーを八頭郡の分しか入手し得てないため、他の地域との比較ができません。(あしからずご了承ください。)
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2008年03月20日

You Tubeで発見!

 グーグルのホームページ画面にYouTubeへのリンクがつながりました。本当にここにはさまざまな映像が集められています。
 最初のうちは、筆者が若かりしころより夢中になっている外国のミュージシャンたちの超絶技巧を演ずる映像を求めて見ていたのですが、ふと「天照大神」で検索するとどうなるのか試してみた所、出てくるではありませんか。そこで発見したのは、天照大神伝承地=めずらし峠です。YouTubeのおかげでまた新たな発見ができました。
 実は天照大神の伝承地に関しては、全国的にも極めてまれであることは以前にも述べました。筆者が知りえた場所として地元の八上、そして岐阜の恵那山、島根の隠岐、奈良の長谷寺のうち、隠岐の伝承はインターネットで発見したものでした。インターネットのおかげで、ウサギ神を祀る全国の神社の情報をはじめとして、そのほかにも様々な情報を得ることができました。インターネットの時代になってはじめて、これだけの情報を集められるようになったといえるでしょう。(確かにその情報は正確に吟味しなくてはならないのですが、)一昔前までは大きな図書館に出向いても到底得られないような貴重な情報を、今では容易に得ることができるのです。
 書籍を出版の後にも筆者には、新たな発見や新たな視座が加わっており、もし可能であるならば、改訂版では新たに書き改めたり加筆すべきことが多く出てきています。
 その一つとして、天照大神と天児屋根命の伝承地=三重県松坂市の「めずらし峠」をYou Tubeで発見したのです。峠を通過する映像ですが、この映像を通じて、この地で、天照大神と天児屋根命が出会われた、という伝承が残っている事を知ることができました。たいへん貴重です。天児屋根命は藤原氏の氏神神社である春日大社の祭神ですが、ここが、藤原氏に特に重視されていないことにも注目すべきでしょう。
 松坂といえば、本居宣長の私塾「鈴屋」のあったところです。宣長は賀茂真淵と出会って以降、唐心(からごころ)を捨て去り、中国の影響を受けた『日本書紀』ではなく、『古事記』の研究に専ら取り組んで膨大な『古事記伝』を残しました。因幡の安陪恭庵と同じく、本業は医者でした。
 先日、神戸で八上の白兎と天照大神の伝承について、恥ずかしながら筆者が講演する機会がありましたが、そこに参加された方の中から、あの大阪府枚方市の私市(きさいち)にも天照大神の伝承がその地に伝わっていることをお聞きしており、今後の調査・研究課題となっています。
 記事更新の頻度は低くなりましたが、なかなかこのブログにも終止符を打つことができません。
posted by yakamihakuto at 21:09| Comment(8) | TrackBack(1) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月08日

石破元教授 講演会in河原

 石破 洋島元根県立女子短期大学教授の講演会が、八上、現鳥取市河原町で催されたようです。日本海新聞の記事ネット版につなぎました。ご覧ください。
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2008年03月04日

八上姫と白兎

  八上姫と白兎は、因幡の守護神でしょう。
 ふと気がついたのですが、数ある神社の中で因幡を代表する神社は、一宮宇倍神社、地名由来の稲葉神社、因幡の祖神といえる天穂日命神社、二ノ宮ともいわれる大江神社といえるかもしれません。また、別の機会に述べますが、因幡で最も多い、スサノヲノミコトを祀る神社も重要です。(あまりこのような格付けをすべきではないとは思いますが…。)
 宇倍神社は八上の賣沼神社とも関連のあるお社で、八上姫の伝承も伝わっています。
 稲葉神社には八上姫が祀られています。
 天穂日命神社には四柱の波兎神の彫刻が施されています。
 大江神社境内には現在本殿に合祀されていますが、元は八上姫を祀る摂社がありました。
 
 因幡国境や、郡境にも白兎神、または八上姫と関連する地があります。
 まず気多の崎ですが、これは石破洋元島根県立女子短期大学教授の説によれば国境付近の現鳥取市青谷町の長尾鼻辺りです。ここには八上姫の伝承とともに八上姫を祀る塩津神社があります。
 但馬との国境付近には岩美町、御湯神社があり、(ここは伊勢宮とも呼ばれますが)八上姫を祀っています。
 同じく但馬との国境付近の鳥取市国府町菅野に八上姫を祀る酒賀神社があります。そしてかつての氷ノ越え国境には大兎明神を祀る因幡堂があったのです。
 八上では、郡境付近の三本松あたりが、天照大神を案内した白兎神の出現の場のように思えます。
 そして、八上の防衛上の見地から、重要な地点と思える、平野が広がり、日本海へと通ずる千代川、その上流に八上姫を祀る賣沼神社と嶽古墳のある簗瀬山があります。このように因幡の要所要所に守護神として祀られており、八上姫と白兎は因幡の守護神として位置づけられていたように思えます。
 また、土師氏の末裔と思われる集落が氷ノ山(赤倉山)麓、智頭町の国境付近にあることもそれと関連するのではないかと思われます。
 

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2008年02月07日

六甲山 天穂日命

 六甲山には天穂日命のイワクラがあることは以前にも記しましたが、筆者は今のところ、まだ現地へ直接訪れていません。聞く所によれば、冬場は、そのイワクラのある六甲カンツリーハウス内には入れないということです。春(4月1日より開園だそうです。)になったら訪れてみようと思います。とりあえずリンクでつなぎました。ごらんください
 
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2007年12月21日

来年もよろしくお願いします。

 いつまで記事が続くか心配しながら、もうかれこれ1年半以上が過ぎました。今年はこのブログが、予想だにしていなかった書籍の出版にまで発展することになりました。書籍は、ネットでの検索で、県外で全国5
箇所の公立図書館(川崎市・札幌市・三次市・岡山県・大阪市)と1箇所の大学図書館(帝塚山大学)に所蔵されたようです。
 因幡・八上のほうでもさまざまな動きが出始めました。今後がまた楽しみです。
 鳥取市国府町の国分寺と、鳥取市生山の槻折神社にも、波うさぎの彫刻があるそうで、近々見に行きたいと思っています。またブログでも紹介します。
 それでは皆様、良いお年をお迎えください。
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2007年12月05日

日本海テレビで放映

 昨日夕方の日本海テレビの番組で、先日の講演会の模様や、白兎神社、青龍寺の厨子の波兎などが5分近くにわたって放映されたそうです。筆者は当然見ることはできなかったのですが、後日、知り合いの方からその模様を見せてもらうことができそうです。
 地元のマスメディアにも大きく取り上げられるようになりました。
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2007年12月04日

ホツマ

 すでに『八上 神秘の白兎と天照大神伝承』の最終章の中でも少し触れましたが、『ホツマツタヱ』という書物がいつのころか伝わっています。内容は神代から景行天皇の御代まで、ですから、もしこれが真書とするならば、記紀よりはるかに古い文献となります。現存する文書の中で最も古いのは、滋賀県高島市で発見されたもので江戸時代です。今は廃社となり、近くの田中神社に合祀された三尾神社、そして日吉神社にありました。現在、近くの中江藤樹記念館に大切に保存されています。
 この書物が現代において松本善之助氏のご尽力で陽の目を見るようになった1966年以降、現在に至るまで、歴史学会によって正当な調査もなされずに無視されています。
 しかし、在野では熱心に研究している人も少なくありません。この書物が偽りの書である、と、系統的に論証した人物は今のところいないようです。部分的に取り上げて偽書であると決め付けた論文は雑誌に掲載されたこともありますし、ネット上でもwikipediaをはじめ、偽書扱いする説支持する説も見かけます。
 逆に、真書としての可能性が極めて高いことを論証した書物『実在した人間天照大神』(花方 隆一郎氏著たま出版 アマゾンなら「なか見検索」あり)もあります。画家でもある鳥居礼氏や、池田満氏、鏑邦男氏等々の諸著作も、きわめて明解に、ホツマが真書であることを論証しています。残念ながら地方の書店や図書館ではほとんど見かけることができません。一昔前までは、ほとんど触れる機会のなかったものですが、いまやネットを使って書物の入手も(古書も含めて)容易になりました。
 筆者も、少しずつ内容を検討しています。拙著の中でも記しましたが、八上や丹後の神話伝承・数々の遺跡と、このホツマに記されていることが、かなり関連を持っていたり、共通していることが判明しました。いったい偽書と認定した人の中に、このような実地調査との照合をした人などいるのでしょうか。単に、見たことがない文字であるとか、擬態語や、後世の花押が使用されている、用語が後世のものらしいとか、明確な根拠もないままにいとも簡単に偽書としています。結局のところは、全国各地の神話伝承、ならびに神社祭神、遺跡等々と照合させることによって、記紀も含め、ホツマをはじめとする古史古伝のどれが真書であるのかが自ずと浮かび上がってくるのではないでしょうか。中身をちゃんと検討もしないで、偽書であるとレッテルを張られて無視されているのはどうか、と思います。
 当ブログにリンクさせていただいている日本再発見塾にもホツマのことは紹介されています。また、鎌倉時代に建てられた福島の山中の屋敷(リンク先2003/04/12記事参照)を解体するときに大量の古文書が出てきて、宮内庁が現物を、現みずほ銀行がマイクロフィルムとして保管している、という事実もあるようです。このリンクの元の文章は岩手の鏑邦男氏のものです。(箱の中の文書はホツマ文字かどうかは分からないという説もありますが、いずれにせよこの件は事実であるならば、うやむやにされてはならないことです。)本当ならすごいことです。
 48のホツマ文字(ヲシテ文字)は、実は東北から九州に至るまでそれほど多くはないのですが、全国各地の神社で神札として伝わっています。鳥居礼氏の『完訳秀真伝』(八幡書店刊)にも紹介されています。江戸時代の平田篤胤もそれを発見しています。これは筆者の推測ですが、おそらく式内社を選定する際に全国の神社をくまなく調査した藤原氏が、ヲシテ(ホツマ)文字をはじめとする神代文字を徹底的に抹消し、そして祭神の変更を必要に応じて実行していったのでしょう。一つの例として、鳥取市美和にある式内社中臣崇健神社は元の祭神大物主命から、いったん藤原氏関連の祭神に代えられた模様です。
 何のために全国の神社を調査し、式内社を作り出したのか、という理由はここにあるのかも知れません。
 古代史を大きく塗り替える可能性を持つ、またそれ以上に、各方面への多大な影響を及ぼしうるホツマとその関連文献(ミカサフミ、フトマニ)の存在、興味は尽きません。
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2007年11月30日

大学に神社・神道研究会

 東京大学に神社・神道研究会 が本年初頭に発足していたようです。今後の活躍が期待できそうです。地元の大学や学校でも研究会やクラブができてくれれば、と期待します。

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2007年11月26日

八上郡の古代史確立を!

 本日の日本海新聞に新誠氏のインタビュー記事が掲載されていました。(毎度、もどかしいのは記事内容のご紹介ができないことです。)
 八上郡の古代史確立を! を記事の見出しとして、サブタイトルには「赤染氏の娘が八上姫」とあります。
 新さんはずっと赤染氏をはじめとする因幡の古代豪族の活躍と、その後の動向を追求していました。記事によればその一つのまとめが大体完成してきたようです。
 記事の冒頭にも述べられていますが、本当に古代の八上の歴史に熱い眼差しが注がれるようになってきました。これほど連続して、八上の歴史が地元新聞に掲載されるようなことはかつてなかったことと思われます。
posted by yakamihakuto at 22:23| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月20日

国境の守護神=八上姫と因幡のシロウサギ

 先日の石破教授の講演でも特に強調されていたことですが、神話に登場するイナバノシロウサギと八上姫は同体と考えられます。
 興味深いことに気がつきました。
 因幡の国境の要所には八上姫、もしくは白兎が祀られています。(すべての場所にとはいえませんが。)かつての伯耆国との国境付近には塩津神社があります。ここには八上姫を祀っています。石破教授が主張する古事記神話の舞台とされる長尾鼻の西側、青谷町青谷にあります。波兎の彫刻の施された摂社のある吉瀧神社もおそらく一山越せば伯耆国になるような位置関係だと思います。
 岩美町の御湯神社も但馬との境の蒲生(がもう)峠に比較的近いところにあります。ここには大己貴命と八上姫、そして御井の神が祀られています。伊勢祭神とも関連を持つといわれるこの社には何か深いものがありそうです。
 そして、扇の山の国境付近、須賀の山と関連する酒賀神社には八上姫が祀られています。
 氷ノ越えの国境にはかつて素兎を祭る因幡堂がありました。
 因幡の一宮クラスの稲葉神社、二ノ宮といわれる大江神社にも八上姫は祀られています。因幡一ノ宮である宇倍神社は八上姫との関連もいわれている社です。
 日本武尊と景行天皇の賊退治伝承に基づく都波只知上神社にも、付近にあった八上姫を祀る石坪神社を合祀しています。
 そして、もっとも有名な鳥取市河原町の賣沼神社、ここは国境付近ではありませんが、前にも述べたとおり、八上の中心部を守る上で重要な位置にあります。かつては梁瀬山の中腹にあったとされるその位置からしても国を守る役目を持っていた社であるといえるのではないでしょうか。
 天照大神をご案内した八上の白兎も姿を現したのは三本松の郡境付近です。
 このように国や郡の境に、祀られる神社や伝承が残っていることに大きな意味があるといえるでしょう。
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2007年11月18日

講演会大盛況!

 「イナバノシロウサギと八上姫」と題する石破洋元島根県立女子短期大学教授の講演会は、昨年に引き続き、大盛況でした。悪天候の中、郡家公民館の大集会室は2Fギャラリーもほぼ満席で160名を越える参加者が集まりました。不思議なことに前回も今回もその会場の収容規模にぴたりと合うぐらいの方が来られました。
 今回、書籍販売を会場外で担当したため、肝心の講演を十分に聞くことができず内容がご紹介できません。ザンネーン!
 しかし、イナバノシロウサギへの町内(外)の方々、ならびに、町役場、町議会の関心は昨年の講演会のときよりはるかに深まってきており、今後の展開が非常に楽しみとなってきました。これから八頭町全体でイナバノシロウサギをクローズアップしたものがどんどん登場してくることでしょう。既に八頭町宮谷のエネオス給油所林石油店の事務所内では、因幡の各所に現存する波ウサギの写真が展示されています。
 八頭町のあちこちで、ウサギ関連のグッズやお守り、お菓子などもどんどん登場するかもしれません。

 書籍も筆者の予想以上に購入される方が多かったのも驚きでした。もし、1年以内に完売になるようならば、増補版、または2冊目を計画しています。
 しかし、惜しむらくは石破教授の『イナバノシロウサギの総合研究』が現在絶版で、入手不可能になっていることです。せっかく地元での関心も盛り上がってきているのにもかかわらず、その貴重な研究成果の全てにじかに触れられないのは残念です。
 八頭町内の図書館でも、蔵書は郡家図書館に1冊あるのみですが、鳥取市の鳥取県立図書館にはかなりの数の蔵書があるようです。しばらくは図書館の本をしっかり活用するしかないようです。

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2007年11月14日

石破教授講演会迫る!

 イナバノシロウサギ伝説の源流は八頭町にあった!
 この結論に至った理由を分かりやすく、面白くお話しされます。

 イナバノシロウサギの神話に迫る
    古代ロマンの謎を追う
     講演会開催!
 
 11月18日(日)午後1時半より 石破洋元島根県立女子短期大学教授の講演会が催されます。
主催は八頭町観光協会・八頭町役場産業課です。
 演題は「イナバノシロウサギと八上姫」です。

場所は八頭町宮谷の郡家公民館大集会室です。
  
 詳しくは八頭町役場産業課へ 0858−76−0208 
 

 書籍出版の関係で、重複するブログ記事を大幅に削除していましたが、このたび復活させました。過去の記事Archivesもまたご参照ください。貴重なカラー写真もたくさんあります。
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2007年11月13日

神話の不思議と因幡の歴史

 本日11月13日の日本海新聞に「波うさぎ 神話の不思議と因幡の歴史」と題する渡辺一正鳥取環境大学教授の小論記事が掲載されました。この記事では、「八頭町の船岡には集中的に波兎が見られる。八頭町の土師一族の地域には多くの白兎神社がある事から、兎は土師氏の神のようである」と指摘しています。さらに「波うさぎは全国的に大ヒットした図柄であるが、そのオリジンが八頭町にある」とも論じられており、驚きです。波と兎の組み合わせは、謡曲「竹生島(ちくぶしま)」の節、月海上に浮かんでは兎も波を走るか 面白の浦の気色や・・・が起源で、これが江戸時代に流行したそうです。琵琶湖の竹生島といえば、市杵島姫命が祭神であり、池田の白兎神社とも間接的にですが、関連があることになります。
 元の社殿(現青龍寺本堂内陣厨子)に施された波うさぎをモチーフに地元の方によって彫られた福本白兎神社の波うさぎも写真で大きく紹介されています。 次第に明らかになりつつある八上と兎神の関係、八上から目が離せません。
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2007年11月11日

デスクのぶろぐ

 検索ですごいブログを見つけました。日本海新聞記者によるブログです。(先週日曜日の日本海新聞1面のコラム鳥取百景にも天照大神降臨伝承の伝わる霊石山が紹介されていました。)
 ここには、記者のニュースに対する雑感などが記されていますが、最近脚光を浴びつつある八上の古代史にも照準を合わせて、八上郡衙跡や土師百井廃寺、霊石山、国中平野などについてのコメントもなされています。(ちなみに本年発掘された群馬の天良七堂遺跡=新田郡衙跡は全国最大といわれ、地元での盛り上がりぶりは、八上とは比較になりません。八上郡衙もその規模や概要をちゃんと公表しないと、他の発掘調査も困るのではないでしょうか。)
 猫山にも着目されています。地元郷土史家の三木薫氏も自著で紹介されていましたが、実に富士山のような形をした美しい山です。この山には、後醍醐天皇に託宣を下した神霊が宿っているといえそうです。
 猫山に関連する社寺は、現防衛大臣石破茂氏の出身地である八頭町郡家殿の和多理神社、西御門の仁王堂=伝後醍醐天皇内親王墓所、上野の野々宮神社、下濃の野々宮神社、宮谷の賀茂神社があります。(位置関係からの筆者の推定です。)ネコを、猫ととらえると意味がわからなくなりますが、第7代〜9代天皇の名前にネコが使われていることと関係があるのではないでしょうか。7代孝霊天皇は伯耆国へ行宮された形跡があり、また、八上に孝霊天皇を遠祖に持つ家系があることから、可能性があるかもしれません。また、福本の白兎神社に叙位、叙勲なされたときの天皇が仁明天皇で和風諡号は「日本根子天璽豊聡慧尊」(やまとねこあまつみしるしとよさとのみこと)です。和風諡号(しごう・おくりな)を奉贈された最後の天皇だそうです。
 国中とは、石破洋教授の調査によれば、この八上と、新潟の佐渡島、そして、奈良市にあるそうですが、こうしてみると、全国どこにでもある地名ではなさそうです。念のためネット検索してみましたが、そのほかにはせいぜい、福岡、山梨、越前(福井)にその地名が残り、国中神社が京都府と大阪府、福井県に各一社ずつあるのみのようです。
 奈良は言わずもがな、佐渡は、隠岐と並んで、皇室関係者が流刑された地であり、そして、このブログでも紹介してきたように八上も皇室と関連の深い所です。
 八上はその意味では、かつては重要な祭政の場所であったのかもしれません。国中といい、国英(くにふさ)といい、実は中央を志向する名称です。八上の特色は、ほかの地方との対比によって、初めて浮かび上がります。
 そのような対比がなされなかったがゆえに、たとえばつい最近まで、八上郡衙が日本一クラスの規模を持つものであることや、天照大神伝承が伝わる地は全国的に見て極めてまれであることなどに、たいした注目が向けられなかったのであると思われます。
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2007年08月03日

オンライン書店で販売中!

 『八上神秘の白兎と天照大神伝承』がオンライン書店 アマゾンで販売中です。
 楽天ブックスなどほとんどのオンライン書店で取り扱い中です。
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2007年07月14日

書籍完成!

 書籍が完成しました。イメージ的には私家版のような雰囲気です。予約受付いたします。お近くの書店でご予約ください。
地元では
鳥取市雲山と八頭町宮谷の鳥取ブックセンター
道の駅 清流茶屋かわはら
八頭町宮谷のエネオス給油所 林石油店で先行販売しております。
書名『八上 神秘の白兎と天照大神伝承』
 
 著者名大江 幸久
 
 
発行所 ブイツーソリューション(電話052−732-6440)
 

発売 星雲社 
 書籍コード 
ISBN978−4−434−10858−7


1冊1575円です。
本文中の写真は白黒ですので、今後もこのブログで、きれいなカラー写真を紹介し続けます。

目次を紹介します。


はじめに     
T八上の遺跡と伝承     
 因幡 八上 伊勢/神社合祀/『イナバノシロウサギの総合研究』/遺跡の顕彰/八上 福本の白兎神社/白兎神社の菊御紋/八上独特の漢字表記/池田の白兎神社と天寺/土師百井 もと白兎神社/天照大神行宮ゆかりの米岡神社/賀茂神社胞衣塚と一の鳥居跡/土師神社/売沼神社/賀茂神社/白兎東西ライン上の燈籠/福本七十号墳跡地/三つの白兎神社と私都川/三つの社で聖地を表現/白兎の里 白兎ライン/夏至・冬至ライン 東西ライン/門尾と隠岐の関連/賀茂神社の白兎明神燈篭/青龍寺と白兎/霊石山 レ イセ キ/聖なる御子岩=御冠岩/伊勢が平/霊石山の『清水戸』/稲荷/亀石/因幡堂の大兎明神/天照大神御製の和歌/神明鳥居 伊勢との関連/霊石山麓集落と伊勢祭神/兎神と関わる因幡の社寺等/「イナバノシロウサギのふるさと・郡家町」講演会


U波兎と兎神     
 青龍寺 白兎神社社殿と波兎/赤倉神社の波兎/西橋寺の白兎/光専寺の波兎/西野神社の波兎/天穂日命神社の波乗りウサギ
全国 兎彫刻・兎像のある神社/京都市 岡崎神社と兎/出雲の兎/大和 大神神社/和歌山 玉津島神社の波ウサギ/印旛の麻賀多神社/兎神を祭神とする全国の神社 

Vシロウサギ異伝     
 高草の兎伝承/ 白兎海岸古事記の伝承/気多と青谷上寺地遺跡と能登/中山の素菟伝承   

W八上姫の謎と神秘の八上     
 八上姫/八上姫=素兎の神/全国の八上/八上姫を祀る大江神社/八上の氏族のルーツ/もと白兎神社の謎/土師氏と白兎/落岩神社のご神体/日理郷/後醍醐天皇と八上/那岐神社/都波只知上神社/多加牟久神社/日月宮/瀬織津姫を祀る社 旧八頭郡/複数の神話の舞台/雛型因伯

X因幡・八上の伊勢信仰     
 稲葉地名発祥の『古苗代』/氷ノ山 須賀の山と赤倉山/氷ノ山越え 京伊勢街道/伊勢道と三本松/「伊勢道」 談話会/
丹後の元伊勢内宮/丹後の元伊勢外宮 比沼麻奈為神社/月の輪田と清水戸/月読命と亀岡/

Y三つの霊石山縁起     
 伝承と記録/天照大神御神像/慈住寺記録/霊石山最勝寺縁起/城光寺縁起

Z雑     
 兎と烏/「食用」ウサギ?/小泉八雲と山陰/天照大神

結びにかえて     


 
書籍表紙























表紙裏














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2007年07月07日

書籍表紙

 出版まで秒読みとなりました。予約受付は7月14日の予定です。出版社、書籍コードをその時お知らせいたします。(1冊1575円です。)表紙が完成しました。
 
書籍表紙


























表紙裏 
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2007年06月26日

書籍とブログ

 
 当ブログを開設して約1年2ヶ月、最初はそのようなつ もりは全くなかったのですが、記事を書き溜めていくうちに、1冊の本としてまとめたほうが良いと思うようになりました。書籍は7月14日ごろには出来上がり、知人の協力で地元先行販売、8月上旬には大都市圏の大手書店と因幡の地元書店流通、アマゾンなどのネット流通も開始されます。
 書籍としてまとめるのに、ブログ原稿をワードにコピーして編集しなおしました。
 本のタイトルに副題をつけ以下のとおりにしました。
 もう一つの因幡の白兎神話 天照大神行幸と御製和歌の伝わる
 『八上 神秘の白兎と天照大神伝承』
                         大江 幸久著
 (御製=天皇のお詠みになる和歌、ですがあえてこのように表現しました。)
 表紙カバーには白地にレトロなデザインを施し、白兎神社社殿の波兎と菊御紋、河原城より遠望する霊石山の写真を、裏側には赤倉神社の潜り兎の写真をアップしました。帯には
石破教授の推薦のお言葉も頂戴し、使わせていただきます。
 
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2007年05月20日

兎めぐり

 当ブログにリンクでつないでいるLife With A Roseの管理人さんが、因幡へ「兎まみれの旅行」をされ、その克明なレポートが公開されています。当ブログ作成の白兎マップを元に周ってこられたそうで、筆者は感無量です。  行き先の細かな案内もあり、実際に初めて現地を訪れる人の視点から、道順や目印も書かれているので、これから兎めぐりを計画される方にとっても、たいへん重宝です。この場を借りてお礼申し上げます。
(もっと道案内の標識や看板、そして安全確保のための整備がなされるとよいと思います。)写真も鮮明で、筆者の見落としていた兎もたくさんいます。ぜひご覧ください。
将来は「兎めぐりのバス(タク)は走る♪」かもしれません。タクシー会社あたりが、このような企画で観光の目玉にすれば結構はやるかもしれません。
スーパーはくとの停車駅、智頭・郡家・鳥取駅のどこからスタートしてもよいルートになります。いずれは白兎海岸最寄りの末恒(すえつね)駅も特急停車駅になるかもしれません。途中下車OKの切符も出るとなお観光しやすくなるのでは?
 
 「岬めぐり」の替え歌を作ってみました。  
  原曲
  山上 路夫作詞・山本 コウタロー作曲 '74年
 
 兎めぐり
  
 ♪あなたがいつか 話してくれた
  うさぎを僕は たずねて来た
  みんなで行くと 約束してた
  今日はそれが 実現できた
 
  兎めぐりのバス(タク・バイク・くるま)は走る
  兎のふるさと 八上(稲葉)の里よ
  いろんなうさぎの 写真を撮って 
  スーパーはくとで 街に帰ろう♪
 
  
 このほかにも後醍醐天皇のルートをたどるコースや天照大神の神蹟ルート、白兎神社関連のサイクリングコースなどさまざまなバリエーションが考えられます。 


posted by yakamihakuto at 09:50| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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